朝鮮学校と大学受験資格

1990年代中盤まで朝鮮学校の卒業資格で受験できる日本の大学は公立・私立の4割程度しかなく、国立に至っては1校もありませんでした。
そのため、受験資格を認めていない大学への進学を目指す学生は、朝鮮学校に通いながらも日本の高校の定時制等にも在籍し、さらに大学入学資格検定(2005年度より高等学校卒業程度認定試験に移行)に合格してはじめて、志望大学を受験できるという負担を強いられていました。
このような状況に対して 1998年 2月に日本弁護士連合会が「重大な人権侵害」だとして是正勧告を出したことを皮切りに、大きな変化が起こります。同年の6月には国連・子どもの権利委員会が、このような差別的取扱いに対する勧告を出し、8月には京都大学の理学研究科が文部省(当時)の圧力を振り切って朝鮮大学校 (東京都小平市、以下、朝大)卒業生の受験を認めたことにより、大学院レベルではあるものの、初めて国立大学が朝鮮学校に門戸を開放することになりました。
さらには、経済界からもインターナショナルスクールの学生の進学上の不利益をなくす要求が出たことが追い風となり、外国人大学の卒業生に対する大学院への受験資格認定と、外国人中学校卒業生に対する大検受験資格認定の方針が1998年9月に文部省(当時)から出されました。
ところが、文部科学省は2003年3月に欧米系のインターナショナルスクールのみに大学受験資格を認める方針を発表します。このような露骨な線引きがかえって反対世論を喚起し、当初の方針が撤回され、結果として文部科学省は同年9月に一定の弾力化措置を発表します。当初の方針である「①3つの英米系の学校評価機関の認可したインターナショナルスクール」に加え、「②本国において本国の高校と同等の課程と位置付けられていると公的に確認できる者」、「③それ以外で各大学が個別審査によって認定した者」というカテゴリーに分類し、その何れかに該当する外国人学校・民族学校の高校に相当する課程を卒業した者であれば、大学入学 (受験)資格を認定するというものでした。朝鮮学校は③に該当しますが、これは朝鮮学校の卒業生のみ、各大学の判断に委ねられ、結果として大学ごとに対応が異なりうるという問題を含んだ措置でしたが、現在ではほぼ全ての大学が受験資格を認定しています。